目次
予備知識とゴール
予備知識
この記事では中学数学レベルの例を使うので、中学数学は知っていた方が良いです。
あとは、命題って何?証明って何?という辺りも知っていた方が良いです。 不安な方はお先にこちらをどうぞ👇
ゴール
数学に登場する「定義」と「公理」と「定理」の違いが分かることがゴールです。
定義とは?
人間が真だと決めた命題のうち、概念を定めたものを定義といいます。
概念というのは、具体的には用語や記号です。
たとえば偶数の定義は「偶数とは2で割り切れる整数である」ですが、これは人間が真と決めた命題です。
※この命題は正確には「xが偶数であることは、x=2aとなる整数aが存在することと同値である」となります。
人間が真だと決めたことなので、なぜ偶数は2で割り切れるのか?を証明することはできません。
定義をすると簡潔に表すことができるようになります。
たとえば「2で割り切れる数と2で割り切れる数との和は2で割り切れる」という代わりに「偶数と偶数の和は偶数になる」といえるようになります。
ただし、同じ用語や記号でも、定義が複数ある場合があります。
たとえば「2で割り切れること」と「2の整数倍であること」は同値なので、 「偶然とは2の整数倍である」と定義しても良いことになります。
定義について注意しなければいけないことは、 新しい用語や記号は既に定義してある用語や記号だけを使って定義しないといけないということです。
たとえば偶数を「奇数でない整数を偶数という」と定義し、 奇数を「偶数でない整数を奇数という」と定義してしまっては、 結局奇数や偶数という用語の意味が定まらなくなってしまいます。
また、例を並べるだけでは定義にはならないことにも注意が必要です。 たとえば「2、4、6、8、…のような数を偶数という」というのは定義にはなりません。
定義では厳密さが大切です。 定義に曖昧さがあると、積み重ねるごとに意味がどんどん曖昧になっていってしまいます。 厳密だからこそどんどん積み重ねて新しい概念を作っていくことができます。
同じ用語でも本によって定義が違うこともあります。 例えばある本では「偶然とは2で割り切れる自然数である」と定義しているかもしれません。 だとしても、それ以降の議論がすべてこの定義を前提として進んでいれば何も問題ありません。 学校数学と違って学習指導要領で決まってるわけじゃないので、本によって定義が微妙に違うことは良くあります。 だから数学の本を読むときは定義を確認することが大切です。
新しい用語は既に定義された用語だけを使って定義しないといけない、というのは厳密には無理です。 なぜならAという用語を定義するにはBという用語が必要で、Bという用語を定義するにはCという用語が必要で…、と考えると、絶対にスタートになる用語が必要になるからです。 実はこのスタートになる数学用語は「集合」という名詞と「属する」という動詞です。 数学ではこの2つだけは「無定義」で使うことになります。
公理とは
人間が真だと決めた命題のうち、性質を定めたものを公理といいます。
公理も定義と同じで、人間が真だと決めた命題なので、証明することはできません。 定義が概念を定めた命題なのに対して、公理は性質を定めた命題です。 たとえば「実数のたし算では交換法則が成り立つ」みたいなのが公理です。
公理は人間が無条件に正しいと認める性質なので、できるだけ少ない方が良いです。 では最低限いくつあれば良いのかというと、7つあれば大抵の数学が作れることが分かっています。 この7つの公理はZFCと呼ばれていて、詳しくは 公理的集合論を論理記号なしで解説 で解説しています。
ただし、実際には証明できる命題を公理とすることもあります。 例えば、上であげた「実数のたし算では交換法則が成り立つ」という公理は厳密にはZFCから証明することができます。 でも、実数の関数の微分や積分を調べたいのに、いちいち実数の性質から証明していたら大変なので、 これを公理にしてそこから先を調べることに集中するのです。
定理とは?
論理的に真だと証明できる命題を定理といいます。
定理が定義や公理と違うのは、真だと証明できるという点です。 人間が決めたことではないので、しっかりと証明を自分で追うことが大切です。
他の定理を証明するのに補助的に使われる定理を補題ということがあります。
ある定理から派生的に導かれる定理を系ということがあります。
重要性が低い定理を単に命題ということがあります。
この辺りの区別は主観的で曖昧なものなので、あまり気にしすぎないようにしましょう。
補題が現れたら、そのあとに登場する定理の証明で大事な役割を担っている可能性が高いので、その辺りに注意すると理解が深まります。
系が現れたら、どの定理の系になっているのかに注意すると理解が深まります。
ここに登場した「重要性が低い定理」という意味の「命題」と、一般に「真偽が判別できる主張」という意味の「命題」は別物です。 これを区別したいときは、前者を狭義の命題、後者を広義の命題ということがあります。
具体例:なぜマイナスかけるマイナスはプラス?
具体例を通して、定義、公理、定理の違いを見てみましょう。ここでは、次の4つの公理
- 交換法則
- 分配法則
- ゼロの存在
- マイナスの存在
と、次の2つの定理
- ゼロの定義
- マイナスの定義
から、次の定理
- マイナスかけるマイナスはプラスになる
を証明してみます。 この定理は中学1年で習う簡単な定理ですが、証明したことのある人は少ないのではないでしょうか。
必要な定義と公理
まずは最初の公理です。
公理(交換法則)
どんな数 $x$ と $y$ についても $x+y=y+x$ が成り立つ。
※論理記号で書くと $\forall x \ \forall y \ ( x+y=y+x )$ です。 なるべく正確に理解したいという方のために論理記号でも書いていますが、論理記号の方は読まなくても問題ないです。
たとえば $2+3$ と $3+2$ は等しいですが、ここでは「なぜたし算の順番を交換しても良いのか?」と考えるのではなく、 どんな数についても「たし算の順番を交換して良いことにしましょう」とするのがこの公理です。
公理(分配法則)
どんな数 $x$ と $y$ と $z$ についても $x {\times} (y+z)=x {\times} y+x {\times} z$ が成り立つ。
※論理記号で書くと $\forall x \ \forall y \ \forall z \ ( x {\times} (y+z)=x {\times} y+x {\times} z )$ です。
$3{\times}(2+5)$ は $3{\times}2+3{\times}5$ と計算できますが、 ここでは「なぜかけ算はたし算に分配できるのか?」と考えるのではなく、 どんな数についても「分配して計算できることにしましょう」とするのがこの公理です。
公理(ゼロの存在)
ある数 $a$ が存在して、どんな数 $x$ についても $a+x=x$ が成り立つ。
※論理記号で書くと $\exists a \ \forall x \ ( a+x=x )$ です。
この公理は「どんな数に足しても結果が変わらない特別な数がある」ということを言ってます。 $3$ に足しても、
\begin{align} 3+a=3 \end{align}
$\frac{1}{5}$ に足しても、
\begin{align} {\frac{1}{5}}+a={\frac{1}{5}} \end{align}
$\sqrt{7}$ に足しても、
\begin{align} {\sqrt{7}}+a={\sqrt{7}} \end{align}
$\pi$ に足しても、
\begin{align} {\pi}+a={\pi} \end{align}
のように結果が変わらない、そんな特別な数 $a$ がある、というのがこの公理です。 そして、この特殊な数を0と呼びましょう、というのが次の定義です。
定義(ゼロの定義)
$0$ とは、どんな数 $x$ についても $x+0=x$ となる数である。
※論理記号で書くと $\forall x \ ( x+0=x )$ です。
つまり「なぜ0を足しても変わらないのか?」と考えるのではなく「そういう特別な数を0と呼びましょう」と決めるわけです。
マイナスについても同じようなノリで考えます。
公理(マイナスの存在)
どんな数 $x$ についてもある数 $a$ が存在して $x+a=0$ が成り立つ。
※論理記号で書くと $\forall x \ \exists a \ ( x+a=0 )$ です。
この公理は「どんな数にも、足すと $0$ になる特別なペアがある」と言ってます。 そして、その特別なペアにはマイナスを付けましょうというのが次の定義です。
定義(マイナスの定義)
どんな数 $x$ についても $x+(-x)=0$ が成り立つ。
※論理記号で書くと $\forall x \ ( x+(-x)=0 )$ です。
例えば $3$ のペアは $-3$ :
\begin{align} 3+(-3)=0 \end{align}
$\frac{1}{5}$ のペアは $-\frac{1}{5}$ :
\begin{align} \frac{1}{5}+(-\frac{1}{5})=0 \end{align}
$\sqrt{7}$ のペアは $-\sqrt{7}$ :
\begin{align} \sqrt{7}+(-{\sqrt{7}})=0 \end{align}
$\pi$ のペアは $-\pi$ :
\begin{align} {\pi}+(-{\pi})=0 \end{align}
となります。
定理の証明
ここまで紹介した4つの公理と2つの定義から「マイナスとマイナスをかけるとプラスになる」という定理を証明するのですが、 そのために必要な3つの定理(つまり補題)を先に証明します。
まずは $0$ のついての補題です。
補題(ゼロの性質)
どんな数 $x$ についても $x×0=0$ が成り立つ。
※論理記号で書くと $\forall x \ ( x×0=0 )$ です。
これは「どんな数も $0$ をかけると $0$ になる」という性質です。 これはこんな感じで証明できます👇
証明(ゼロの性質)
ゼロの定義より、 $0+0=0$ が成り立つ。・・・①
①より、どんな数 $x$ についても $x{\times}(0+0)=x{\times}0$ が成り立つ。・・・②
分配法則より、どんな数 $x$ についても $x{\times}(0+0)=x{\times}0+x{\times}0$ が成り立つ。・・・③
②と③より、どんな数 $x$ についても $x{\times}0=x{\times}0+x{\times}0$ が成り立つ。・・・④
④とゼロの定義より、どんな数 $x$ についても $x{\times}0=0$ が成り立つ。
つづいてマイナスについての補題を2つ証明します。
補題(マイナスの性質1)
どんな数 $x$ についても $-(-x)=x$ が成り立つ。
※論理記号で書くと $\forall x \ ( -(-x)=x )$ です。
これは「2重にマイナスがつくとマイナスが外れる」という性質です。 これはこんな感じで証明できます👇
証明(マイナスの性質1)
交換法則より、どんな数 $x$ についても $(-x)+x=x+(-x)$ が成り立つ。・・・(1)
マイナスの定義より、どんな数 $x$ についても $x+(-x)=0$ が成り立つ。・・・(2)
(1)と(2)より、どんな数 $x$ についても $(-x)+x=0$ が成り立つ。・・・(3)
マイナスの定義より、どんな数 $x$ についても $(-x)+(-(-x))=0$ が成り立つ。・・・(4)
(3)と(4)より、どんな数 $x$ についても $-(-x)=x$ が成り立つ。
もうひとつマイナスの性質です。
補題(マイナスの性質2)
どんな数 $x$、$y$ についても $x{\times}(-y)=-(x{\times}y)$ が成り立つ。
※論理記号で書くと $\forall x \ \forall y \ ( x \times (-y) = -( x \times y ) )$ です。
これは「マイナスをかけるとマイナスになる」という性質です。 これはこんな感じで証明できます👇
証明(マイナスの性質2)
分配法則より、どんな数 $x$、$y$ についても $x{\times}y+x{\times}(-y)=x{\times}(y+(-y))$ が成り立つ。・・・(1)
マイナスの定義より、どんな数 $x$、$y$ についても $x{\times}(y+(-y))=x{\times}0$ が成り立つ。・・・(2)
(1)と(2)より、どんな数 $x$、$y$ についても $x{\times}y+x{\times}(-y)=x{\times}0$ が成り立つ。・・・(3)
(3)と0の性質より、どんな数 $x$ についても $x{\times}y+x{\times}(-y)=0$ が成り立つ。・・・(4)
(4)とマイナスの定義より、どんな数 $x$、$y$ についても $x{\times}(-y)=-(x{\times}y)$ が成り立つ。
そしていよいよ「マイナスかけるマイナスはプラス」という定理です。
定理(マイナスかけるマイナスはプラス)
どんな数 $x$、$y$ についても $(-x){\times}(-y)=x{\times}y$ が成り立つ。
※論理記号で書くと $\forall x \ \forall y \ ( (-x) \times (-y) = x \times y )$ です。
この定理はこんな感じで証明できます👇
証明(マイナスかけるマイナスはプラス)
マイナスの性質2より、どんな数 $x$、$y$ についても $(-x){\times}(-y)=-((-x){\times}y)$ が成り立つ。・・・(1)
交換法則より、どんな数 $x$、$y$ についても $-((-x){\times}y)=-(y{\times}(-x))$ が成り立つ。
マイナスの性質2より、どんな数 $x$、$y$ についても $-(y{\times}(-x))=-(-(y{\times}x))$ が成り立つ。
マイナスの性質1より、どんな数 $x$ についても $-(-(y{\times}x))=y{\times}x$ が成り立つ。・・・(2)
(1)と(2)より、どんな数 $x$ についても $(-x){\times}(-y)=y{\times}x$ が成り立つ。・・・(3)
(3)と交換法則より、どんな数 $x$ についても $(-x){\times}(-y)=x{\times}y$ が成り立つ。